南部鉄器(なんぶてっき)概略

岩手県南部鉄器協同組合連合会の加盟業者によって作られている鉄器のことをいいます。74の事業所に730名(推計)の従事者がおられます。1975年(昭和50年)には、通商産業大臣指定伝統的工芸品(現・経済産業大臣指定伝統的工芸品)に指定されました。伝統工芸士は21名しかいないといわれています。

◎水沢南部鉄器

その歴史は江刺郡豊田館(えさしとよだのたち:平安時代に陸奥守源頼義より江刺郡を授かった奥州藤原氏の祖先・藤原経清が築いた居館のこと)にいた藤原清衡が平安後期に、近江国(現:滋賀県)より鋳物師を招いて始めたとされます。これが次第に南下し羽田に伝わったと語り継がれているそうです。後背地にあたる北上山地の砂鉄、木炭および羽田の北上川から出る質の良い砂・粘土などの鋳型材料が容易に手に入れられることから鋳物業が栄えました。羽田に鋳物師が定住するようになったのは室町時代初期といわれています。江戸初期には地域に鋳物業が定着していきました。1683年(天和3年)に鋳物業を興した及川喜右衛門光弘という人が、中興の祖と讃えられています。以後、仙台藩の庇護を受け、鉄鍋、鉄釜を中心に、仏具なども生産し、幕末には大砲も鋳造していました。

◎盛岡南部鉄器

慶長年間(1596年-1615年)に盛岡藩主南部氏が盛岡城を築城した頃に始まったといわれています。それからは、歴代藩主庇護の下、育まれてきました。藩の鋳物の受注は有坂家鈴木家藤田家釜師小泉家の四家がほぼ担っていたため、盛岡の南部鉄器の歴史は、この四家の歴史とも言われています。

・有坂家
初代は京都の人、7代目の時甲州へ、13代目の時に盛岡に移住。

・鈴木家
甲州から1641年(寛永18年)に、藩に召し抱えられた鈴木縫殿家綱を祖とする。製造したものは梵鐘・燈籠などが知られ、幕末には大砲も製造。1646年(正保3年)には盛岡城の時鐘も製造。後に花巻城に移され今も現存する。

・藤田家
甲州の出、2代目から盛岡に移住。鍋類を主に製造。品質の良さから「鍋善」と呼ばれ藩に召し抱えられました。

・小泉家
藩主が茶の湯を好み、1659年(万治2年)に召し抱えられ、茶釜を製作。祖は京都の小泉五郎七清行といわれる。本業は茶釜だったが、現在も残る1679年(延宝7年)の時鐘を始め多くの製品に名を残している。また三代仁左衛門は南部鉄瓶の創始者と伝えられ、四代仁左衛門は、大砲鋳造の技術を江戸で学びました。

◎南部鉄器協同組合

水沢・盛岡の両者によって設立されました。江戸時代、伊達氏・仙台藩領内であった胆江(いさわ)地区の鋳物業者が1954年(昭和29年)に「水沢鋳物工業協同組合」を設立しました。同時代に南部氏・南部藩(盛岡藩)の領内であった岩手県盛岡市、花巻市石鳥谷町、岩手郡雫石町の鋳物業者たちが1949年(昭和24年)に「南部鉄瓶商工業協同組合」、現在の「南部鉄器協同組合」を設立しました。そしてこの両者によって、1959年(昭和34年)に県内統一組織の「岩手県南部鉄器協同組合連合会」が設立されました。また、旧仙台藩にある「水沢鋳物工業協同組合」は「仙台鉄器」とは呼ばずに、旧南部藩(南部地方)の「南部鉄器協同組合」の名称を用います。そして両者ともに「南部鉄器」と称します。このことは、盛岡市の南部鉄器を南部藩由来の南部鉄器とし、奥州市の南部鉄器は岩手県の南側にあるので南部鉄器と呼んでいることをさしているようです。

◎明治・大正の南部鉄器

水沢、盛岡とも、仙台藩、盛岡藩の庇護の下、発展してきましたが、明治維新により両藩の庇護が消え去ると衰退を余儀なくされましたが、生産と流通の体制を整え、展覧会にて入賞するなど名声が高まってくると、各地からの注文が増えました。さらに1890年(明治23年)、水沢・盛岡を経由する東北本線開通と相まり一気に販路拡大となりました。明治末には、再び停滞気味になるも、1908年(明治41年)の皇太子(後の大正天皇)東北行啓の折、八代小泉仁左衛門が鉄瓶の製造を実演し話題を呼んだことをきっかけに、県や市を挙げての取り組みが始まりました。1914年(大正3年)、旧盛岡藩主南部利淳が「南部鋳金研究所」を開所し人材育成にも貢献しました。

◎昭和・平成の南部鉄器

太平洋戦争中は「銑鉄物製造制限規則」が施行され、軍需関連品以外の製造が禁止されました。この影響で南部地域では150人いたといわれる職人のうち、わずか16人しか鋳物の鋳造を続けられなくなってしまいました。終戦後、アルミニウム製品に押され需要が減り南部鉄器は一時衰退しましたが、近年では茶道具などの伝統工芸品のほか、実用的な調理器具として、また鉄瓶で白湯やお茶を飲む健康志向も重なりその良さが見直されてきています。その鉄瓶は国内外でその芸術性の高さから鉄瓶人気が集まり、一部メーカーは欧米への輸出にも力を入れています。そして食生活の欧米化に伴い、焼く調理などの洋風料理に使用するものも増えてきています。

作品紹介

・南部鉄瓶

・特徴の一つ「松ぼっくり」の蓋摘み

刻印など

多くの作品に「南部○○」という刻印が見られます。

・「南部盛榮堂」(現OIGEN:及源)

 

 

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